どうも三山純です!
今回の「三山純のWEBライフ!」では
三山純がWEBの歴史を振り返ります。
今日の記事は、三山純だけでなく
みなさんにとっても勉強になるはず!
それでは「三山純のWEBライフ!」始まり、はじまりー!
さて、Webの創始者はティム・バーナーズ=リーと言われています。
なぜなのかは、三山純もわかりません、
でも、ティムがどのようにしてWebを創ったのか、
そもそもWebってどういう意味なのか。
W3Cってどういう組織なのか。その歴史をなるべくわかりやすく三山純が紹介したいと思います。
W3Cっていうのは、Webサイト制作に必要な技術開発とその標準化を行っている世界最高位の団体です。
ティムは、米国ボストン マサチューセッツ工科大学(MIT)にあるW3C本部で客員研究員であった経歴があり、HTML開発とインターネット・アカデミーのカリキュラム開発を担当していました。まぁ、ここがWebの生みの親の誕生のターニングポイントなのでしょうか。
★Webの生みの親はイギリス人のティム・バーナーズ=リー博士。
インターネットの中でももっとも重要なシステムであるWWW(World Wide Web)を発明。
2012年のロンドン五輪で開会式に登場したことがあるらしいです。
※三山純は、見逃していたので、確認はしていません。
★さて、https://www.internetacademy.jp など
URLによく使われている 「www」の部分は、もちろんティムの考えた WWW に由来しているんですよ。三山純もビックリ!
では、ティムはどうしてそのシステムに WWW という名前をつけたのでしょうか。
三山純は、それを探っていきます。
★WWWの由来
ティムはCERN(セルン)という世界的に有名なスイスにある研究機関に在籍していました。
CERNは、日本語では欧州原子核研究機構と言われていて、素粒子に関する物理学的な研究を中心に行っているところです。とても長い時間のかかる研究をしている機関なので、数千人、数万人の研究者が入れ替わり立ち替わりで研究を進めていました。
また、CERNでは、こういった研究者の情報やデータ閲覧をスムーズに連動?リンク?するシステムを開発できないかという話が持ち上がっていて、
その実現に動いたのが、当時コンピュータ技術者としてCERNに在籍していたティム・バーナーズ=リーだったのです!!。
三山純は、ここからワクワクしてきます。
ティムは、研究に関係のある文献やデータをとにかく1つのコンピュータに集めていきました。
そしてさらにそのテキスト同士を「リンク」させる仕組みを計画し
それがついに実現しました。
これが、今でも私たちが使っているWorld Wide Web、いわゆるWebの始まりです。
三山純は、この話を聞いた時、興奮しましたよー!
ティムは、このシステムを発表する時にどんな名前にするかとても悩んでいたようです。たとえば「The Information Mine」という、「情報鉱山」という候補があったようです。これは頭文字を取ると「TIM(ティム)」になりますね。
三山純は、ここで「なるほど!」と思いました。
さすがにそれは自分本位すぎるかな?
と思って止めた・・・と本人も語っています。
他には「文書同士が繋がる情報網」ということでMesh(メッシュ;網目)という名前も候補にあがりましたが、これは「混乱」を意味する「Mess(メス)」という言葉に聞き間違えるということで止めたそうです。
そこで悩みに悩んで、世界中に広がる情報網が「クモの巣」のように見えるという理由で、「世界中に広がるクモの巣」=「World Wide Web(WWW)」と名付けたそうです。
三山純は、ここで「ネット」というのかな?と思ったのですが「ウェブ」という言葉が来て
「三山純・・・英語を勉強しよう」と思いました。
さてさて、
かくして
三山純も当たり前のように使っている
Webサイトという言葉の「ウェブ」は、このような
テイムのアイデアによって誕生したのです。